GAPの導入効果等に関する現地調査報告
 概要
 ●調査時期: 2012年11月
 ●調査場所: 岐阜県 団体事務所
 ●調査対象: F農業協同組合 Fトマト部会事務局
F農協Fトマト部会は、大手量販店チェーンK社とのPBトマトの取引開始がK社GAP導入の直接的なインセンティブとなっている。販売単価がやや高いこと、自家選果のため選果費用がかからないこと等のメリットがある。実質的な取引条件の一つであるため、生産者や事務局の農協営農指導員はチェックリストや帳票類の記入・点検などの労力が増えたが、割り切って取り組んでいる。
1 産地(農協や各種部会、農業法人などの団体・組織)について
1-1 地域農業のすがた
調査対象としたF農協Fトマト部会は、農協組合員のトマト生産者による部会である。
F農協は、岐阜県飛騨地域の3市1町にまたがる広域合併農協であり、組合員数は約3万5千名である。管内地域での就農者率は8.7%であり、県内でも比較的若い農業後継者が多い。管内地域ではビニールハウスによる野菜の雨よけ栽培が普及しており、野菜の生産者(蔬菜出荷組合)は約1千名である。夏秋トマトとホウレンソウの一大産地であり、農協における野菜類の販売額のうちこの2品目がほとんどを占めている。なお、トマトの販売先は関西の卸売市場向けの割合が高い。
1-2 調査対象経営の概要
Fトマト部会は、F農協組合員のトマト生産者の中で、大手量販店チェーンK社のプライベートブランド(PB)として販売されるトマトを出荷する生産者19戸(共選品も生産)からなる。K社向けトマトの栽培面積は3.2ha、出荷量は年間320tである。F農協の地域営農センターが部会の事務局として、K社との取引契約、生産者への指導、トマトの集出荷を行っている。当部会の概要を表1にまとめる。
◯ 出荷先
出荷先は、大手量販店チェーンK社である。出荷
したトマトはPB商品として販売される。
◯ 経営課題 K社向け商品は、各生産者が自家選果を行い、通いコンテナで出荷するため、共選品の場合の選果費用(120〜130円/箱)がかからないメリットがある。一方で、自家選果に労力や人件費がかかること、GAP運用を含めて取引条件への対応に手間がかかることが課題となっている。
当部会がGAPを導入した経緯、運用上の課題についてヒアリング結果をもとに以下にまとめる。
◯ GAPの種類および品目
Fトマト部会が取り組んでいるGAPは、K社が構築し、取引のある産地に推奨している民間のGAP(以下、K社GAPとよぶ)である。K社GAPのチェックリスト(点検表)は140項目からなるが、部会ではそこから抜粋した89項目のチェックリストを内部点検に用いている。
また、F農協全体として主に取り組んでいるGAPは、県が公表している岐阜県版GAPをもとにして独自に作成した25項目からなるチェックリスト(以下、F農協GAPとよぶ)である。
そのほか、Fトマト部会の中で2戸の生産者は独自に、一般社団法人日本生産者GAP協会による審査・認証を受けている。
2 GAP導入に至るまでの経過
2-1 GAP導入の契機・準備
Fトマト部会がGAP導入を開始した時期は、平成21年4月である。その前年にK社が岐阜県とJA全農岐阜県本部を通して当該産地のトマトの取引を打診し、F農協がそれを了承してK社との契約取引が開始となり、K社向けPBトマトを出荷する生産者の部会としてFトマト部会が設立された。GAP導入に至った契機は、その取引条件として実質的に前述のK社GAPの導入があったためである。平成20年12月にGAP導入の合意形成や準備を始め、21年から23年まで農協の地域営農センターにおいて事務局の体制整備を進めてきた。点検項目、記帳様式の作成・更新は、GAP導入以降継続して進めている。
一方、県が岐阜県版GAPを公表して取り組みを推進したことで、県の普及センターの指導によってF農協が当該産地独自のF農協GAPを作成し、農協管内の生産者への普及を進めている。
また、県の紹介で、日本生産者GAP協会による研修等に参加していた。
2-2 GAPの運用体制
K社GAPに取り組んでいるFトマト部会の生産者数は、設立当時7戸であったが、現在19戸にまで増加している。
GAPの取り組みにおいて、事務局として専任の担当者は、F農協の営農指導員2名である。GAPに関する業務は、生産者へのチェックリストの配布と回収、さらに内部点検の結果にもとづく農家への指導である。GAPに関する説明会・研修は年間5回程度開催している。
点検の実施については、89項目のチェックリストに生産者が記入して、それらを営農指導員と普及指導員がチェックする内部点検を、年2回行う。K社による二者点検はなく、審査業者による第三者点検が年1回(これまでに平成23年と24年の2回)行われる。その際にはGLOBALGAPのチェックリストが用いられる。
3 GAP導入の目的・効果および費用
3-1 GAP導入の目的とその効果
Fトマト部会がGAPを導入した目的と導入後に認められた効果をまとめたものが表2である。全体的にみると導入目的に対する効果がほぼ認められたと評価することができる。効果の具体的内容のうち特筆すべきは次の項目である。
●食品の安全性の向上、生産者の意識の向上:農薬の適正使用や、大腸菌付着防止などの衛生管理について生産者の意識が高まっている。
●食品事故・クレームの減少:GAP導入前から産地へのクレームはなかったが、自家選果を行うことから、共選品(レギュラー品)よりよい商品を選別して出荷する意識が高まっている。
●販路の確保・新規開拓:GAP導入はK社との実質的な取引条件の一つであり、GAPの取り組みによって継続的な取引ができている。
3-2 GAP導入にかかる費用
GAP導入にかかる費用や手間について、初期導入時とそれ以後の運用時に分けてみてみる(表3)。
このうち特にかかった費用は、初期導入時における「圃場や周辺環境の整備」であり、手洗い場、トイレなどの新たな設置や、ゴミの処分が必要な生産者があった。特にかかった手間としては、継続運用時の「作業マニュアル・帳票等の整備」、「生産者の研修」、「事務局の体制整備」である。作業マニュアル・帳票等については、営農指導員を中心にこれらの書類を一から作成している。
3-3 GAP導入の費用対効果
GAP導入の費用対効果に対する満足度は「やや満足」であった。満足する面は、K社との継続的な取引が可能となり、生産者が一定の収益を確保できるようになったこと、農薬等の資材の在庫を整理できるようになったことである。不満な面は、書類作成や点検などの事務局である農協の業務負担(詳しくは後述)が大きく増えたことである。
なお、直接的にGAP導入の効果ではないが、生産者が満足する理由として、K社との取引で販売単価が高めであること、自家選果とコンテナ出荷のため出荷経費が抑えられることがある。
4 GAP導入の具体的な成果
4-1 生産原価への影響
GAP導入の成果のうち数量的に把握できる項目について検討する。
まず、生産原価については明確な効果が認められなかった。農薬や肥料の使用状況は以前と変わらず、土壌検査などはGAP導入以前から行っていてコストはあまり変わらない。
4-2 販売への影響
K社との契約取引において出荷量は増加している。PB商品であるため、共選品(レギュラー品)に比べて販売単価がやや高い。ただし、当該産地のトマトの販売額としては、市況や収量増減の影響が大きく、全体として販売額はあまり変わっていない。
4-3 労働時間への影響
生産者にとっては、取引条件である生産履歴の記帳と、年に2回GAPのチェックリスト(89項目)に記入する時間が増加した。 一方、GAPの事務局である農協の営農指導員の労働時間は、GAP導入後に、書類整備、点検表の配布・回収、産地指導・点検にそれぞれ年間のべ約100時間となり、大幅な負担増となっている。
4-4 品質向上への影響
生産物の品質、等級、収量などについて、GAP導入の効果はほぼみられなかった。
5 GAP導入・運用の課題・問題点
5-1 GAP導入・運用の課題・問題点
GAPを導入・運用するにあたっての課題・問題点について導入前後に分けて示す(表4)。
特に重要な点として挙げられたのは、GAP導入前の「生産者の意識が高まらない」ことであった。ただし、前述のように導入後に衛生管理などに対する生産者の意識が高まっている。
K社との取引開始を契機に、「割り切って」GAPに取り組んでいる状況であり、取引継続以外にGAP運用のメリットをどのように見いだすかが課題となっている。
5-2 GAP導入・運用のポイント
最後に、GAP導入・運用にあたっての重要なポイントを表5にまとめた。特に重要なポイントは「トップマネジメント(経営者)の意識」、「生産者への教育・訓練」、「マニュアル等の文書化」であった。K社GAPの導入・運用においては、マニュアル・帳票類の整備や生産者への研修・指導に労力がかかるものの、不可欠であったという認識である。また、県の指導の下、農協全体としてF農協GAPの作成と普及を推進したことが生産者の理解の浸透につながっている。
6 特記事項・考察
F農協のFトマト部会では、大手量販店チェーンK社とのPBトマトの取引開始がGAPすなわちK社GAP導入の直接的なインセンティブとなっている。生産者にとってK社向けトマトの出荷は、販売単価がやや高いこと、自家選果のため選果費用がかからないこと等のメリットがある。ただしK社GAPの運用が実質的な取引条件の一つであるため、生産者や事務局の農協営農指導員はチェックリストや帳票類の記入・点検などの労力が増えたが、割り切って取り組んでいる。GAP導入による生産物の品質向上やコスト削減などの効果はみなれなかったものの、取り組みによって衛生管理や農薬等の在庫管理などの意識向上につながった面がある。
K社GAPを運用するインセンティブは、ひとえにK社との取引継続にあり、仮に取引がなくなればK社GAP相当のGAPを運用することもなくなると考えられる。また、生産者や事務局にかかる労力は大きく、生産者の労力軽減のためK社GAP本来のチェックリスト140項目から絞った89項目で内部点検を行っており、取引条件として点検項目の増加や点検の厳格化など労力が増える方向での要求があった場合には、GAPの運用が困難になることも考えられる。今後の課題としては、K社との安定的な取引継続、より有利な販売、新たな要求があった場合の対応といえる。
参考文献
「岐阜県GAP導入推進マニュアル」(岐阜県:GAPについて)
http://www.pref.gifu.lg.jp/sangyo-koyo/nogyo/clean-nogyo/gap/
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