GAPの導入効果等に関する現地調査報告
 概要
 ●調査時期: 2012年10月
 ●調査場所: 北海道 法人事務所
 ●調査対象: D農業法人 代表者・GAP担当者
D法人では、GAP導入により取引先ならびに受注・売上が増えた。短期間での導入準備やその後の継続運用ができた要因として、@より安全・安心な農産物を生産して取引先や消費者にアピールしようという経営方針、Aすでにあった生協GAPを利用したこと、B外部コンサルタントの招聘による直接指導、そしてCキーマンとなったGAP事務局の指導力と労力が挙げられる。
1 産地(農協や各種部会、農業法人などの団体・組織)について
1-1 地域農業のすがた
調査対象としたD法人が位置する北海道道央・後志地域では、農業は過去稲作を主力としてきたが、減反政策に伴って畑作との複合経営に移行してきている。また、地域行政が施設野菜栽培を推奨し、ビニールハウス導入助成や畑地かんがい施設整備を行ったことにより、近年ミニトマトやカラーピーマンなどの栽培が増加している。
1-2 調査対象経営の概要
D法人は、農業者17戸で構成される野菜類の共同出荷組織である。生協を主な取引先として独自の販路を有している。その概要を表1にまとめる。
◯ 農産物
D法人は、農業者である構成員が生産する露地・施設野菜の販売をメインに経営を展開しており、年間売上総額が2億円を超えている。当初は生協とのバレイショの産直取引からスタートしたが、その後より収益性の高い集約型の施設野菜栽培に移行し、現在はカラーピーマンとトマトがバレイショに次ぐ主力品目となっている。
◯ 栽培技術
生協との取引から、安全・安心な農産物を消費者に提供するため、農薬や化学肥料の使用を最小限に留める栽培を積極的に取り入れ、「特別栽培農産物」の生産を行っている。さらに、平成20年度まではカラーピーマン、ミニトマトを栽培している構成員について生産情報公表JASを取得した。
◯ 販売先
D法人は、生協との産直取引からスタートしており、現在も道内や首都圏の生協組織への販売が主体である。このほか、スーパーチェーンなどにも販売している。いずれも基本的に契約取引である。
◯ 経営課題
現在の経営課題を列挙すると次のとおりである。1つは、生協をはじめとする取引条件の要求にいかに対応するかであり、その取り組みの一環として生協GAPがある。2つは、生協との取引が増加した結果、野菜の生産量が限界に達して、これ以上の規模拡大が難しいことである。3つは、地域行政とともに進めている新規就農者の研修や受け入れである。
このような経営課題を持つD法人がGAPに取り組んだ契機、取得時の問題、運用上の課題についてヒアリング結果をもとに以下にまとめる。
◯ GAPの種類および品目
D法人が取り組んでいるGAPは、日本生活協同組合連合会(日本生協連)が定めている「農産物品質保証システム」の青果版「適正農業規範(生産者編・団体編)」、いわゆる生協GAP(以下このように呼ぶ)である。取り組んでいる品目は、バレイショ(作付面積19.5ha、年間出荷量480t)とカラーピーマン(作付面積2.0ha、年間出荷量115t)である。
2 GAP導入に至るまでの経過
2-1 GAP導入の準備期間
D法人が生協GAPを導入、開始した時期は平成20年6月である。20年度に農水省のGAP導入補助事業が開始となり、その補助金を申請するべく役員会が同年2月にGAP導入の検討を始め、わずか2ヶ月余りで決定した。この間に、自社の構成員に対して役員がGAPの必要性を説明し、組織内の体制整備を行なった。また、取引のある生協組織が推奨する生協GAPの点検表を用いることとし、同年4月から7月まで記帳様式の作成などを行った。GAP導入の責任者は役員2名が担当し、社内での説明会を約10回実施した。GAP導入の取り組みにあたり、補助金を利用して外部コンサルタントに指導を依頼した。
2-2 GAP導入の経緯
D法人が生協GAPという新たな経営管理上のツール(経営技術)を導入するに至った経過をみてみる。GAP導入の経営判断には複数の要因が影響していたと考えられ、ここではそれらの要因を次の4つに整理した(表2)。
まず、経営外部の要因として生協GAPそのものの構築、普及の開始が挙げられる。また、平成20年度に農水省のGAP導入補助事業が制定された。その当時、D法人では生産情報公表JASを取得していたが、農産物の生産情報の記録・公表にかかる手間やコストに比べて、取引先である生協や消費者の反応は薄く販売面での効果は小さかった。そのため、より安全・安心な農産物生産をアピールする新たな経営戦略として、GAP導入補助事業に申請してGAPを導入し、平成20年度より取り組みを開始することを決定した。GAPの実施内容としては、既成の生協GAPの点検表をそのまま使用し、二者点検として生協組織による点検を受けることとした。また、同年4月初めに外部コンサルタントを招聘してGAP講習会を開催し、具体的な指導を受けた。
GAP導入のキーマンは、D法人の代表N氏と役員でありGAP事務局を担当しているO氏である。N氏は代表者としてGAPの意義を理解し導入の意思決定を行い、またO氏は15年前にサラリーマンをやめて新規就農した生産者で、GAPの帳票類の整備やデータ管理を行うシステムを作成したことで、同社の構成員がスムーズに取り組みを始めることが可能となった。(O氏は当初パソコンや表計算ソフトの扱いは不慣れだったという)。こうした複数の要因によって、GAP導入の意思決定ならびに合意形成につながったと考えられる。
3 GAP導入の目的・効果および費用
3-1 GAP導入の目的とその効果
D法人がGAPを導入した目的と導入後に認められた効果をまとめたものが表3である。全体的にみると導入目的に対する効果が認められたと評価することができる。効果の具体的内容のうち特筆すべきは次の項目である。
●販路の確保、供給の安定化:取引先ならびに受注が増加した。それにより、売上が伸びている。ただし、販売単価にはそれほど反映されていないと思われる。
●経営の改善・効率化:帳票類を整備してデータ管理を行うようになったことで、肥料等の資材の仕入れや、農産物の出荷数量がわかりやすくなった。
●農作業の安全確保、生産者の意識の向上:「危険看板」(注意点の掲示)を設置することで、作業面や衛生面の安全確認をするようになった。作業日誌や点検項目の分析表などを通して構成員同士のコミュニケーションにつながった。
●取引先に対するアピール:産地交流や研修に参加する機会が多くなった。また、日生協等による合同監査を通して生協の取引先の増加につながった。
3-2 GAP導入にかかる費用
GAP導入にかかる費用や手間について、初期導入時とそれ以後の運用時に分けてみてみる(表4)。このうち特にかかる費用は導入時、運用時ともに「圃場や周辺環境の整備」、「作業マニュアル、帳票等の整備」、「生産者(または社員)の研修」であった。D法人は特別栽培農産物の生産を行い、GAP導入当時は生産情報公表JASを取得していたため栽培履歴記帳作業自体は習慣になっていたものの、毎年帳票類の整備・更新には多大な手間がかかっている。ただ、役員が行うので直接的な費用はかかっていない。また、GAPに関する外部の研修会に毎年役員が参加しており、その参加費がかかっている。
3-3 GAP導入の費用対効果
GAP導入の費用対効果に対する満足度は「どちらでもない」であった。会社にとっては取引先や売上の増加をはじめ大きなプラスになった反面、同社の構成員にとっては農場の整備や帳票の記入などの負担が増えている。そのため、プラスとマイナスの両面があったといえる。
4 GAP導入の具体的な成果
4-1 生産原価への影響
GAP導入の成果のうち数量的に把握できる項目について検討する。
まず、生産原価については明確な効果が認められなかった。
4-2 販売への影響
GAP導入の取引先数への影響をみると、導入後に取引先の生協組織が3件増加した。
GAPに取り組んでいる品目の売上は、導入後4割程度増加した。
4-3 労働時間への影響
GAP導入による労働時間への影響についてみると、生産者が記帳に要する時間がやや増加した(年間40時間/人→年間43時間/人)。ただし以前から特別栽培農産物の記帳を行っているので負担としてはそれほど変わらない。一方、GAP導入後に発生した事務局の労働時間は多大なものとなっている(書類整備:年間400時間/人、点検表のデータ集計:年間144時間/人)。
5 GAP導入・運用の課題・問題点
5-1 GAP導入・運用の課題・問題点
GAPを導入・運用するにあたっての課題・問題点について導入前後に分けて示す(表5)。導入前に重要な点として「GAP導入・運用についての知識が十分でない」こと、そしてメリットやコストがよくわからないことが挙げられる。この点は、導入初期に外部コンサルタントを招聘して直接指導を受けたことでGAPに対する理解が深まったといえる。導入後はスムーズな運用が可能になった反面、取引先や消費者からの要求がなくGAPの取り組みがどのように評価されているかの反応を聞くことができないことが課題である。
5-2 GAP導入・運用のポイント
最後に、GAP導入・運用にあたっての重要なポイントを表6にまとめる。特に重要な点として「作業工程の明確化」、「マニュアル等の文書化」が挙げられている。帳票類やマニュアル等の整備は、GAP事務局の多大な労力に寄るところが大きく、一方でこれらが整備されたことでスムーズな運用が可能になっている。また、導入初期に外部コンサルタントの指導を受けたことも大きな効果があったといえる。
6 特記事項・考察
D法人では、GAP導入補助事業への申請がGAP導入の直接的なインセンティブとなった。しかし、短期間での導入準備やその後の継続運用ができた要因として、@より安全・安心な農産物を生産して取引先の生協や消費者にアピールしようという経営方針、Aすでにあった生協GAPを利用したこと、B外部コンサルタントの招聘による直接指導、そしてCキーマンとなったGAP事務局の指導力と労力である。
GAP導入の効果は、取引先の生協数、ならびに受注・売上が増えたことである。一方で課題としては、販売単価の向上のような目に見える有利販売にはあまりつながっていないこと、取引先や消費者がGAPの取り組みをどう評価しているのかがよくわからないことである。
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