GAPの導入効果等に関する現地調査報告
 概要
 ●調査時期: 2012年9月
 ●調査場所: 長崎県 団体事務所
 ●調査対象: B農業協同組合 アスパラガス部会事務局
B農協アスパラガス部会では、ミニアスパラガスの収穫後の品質について、痛みが増加しクレームが発生するという課題への対策が不可欠であった。そこで交付金事業を活用し、品質劣化の原因を解明するとともに、県版GAPを導入し、農協の営農指導員による生産工程の継続的チェック体制を構築した。その結果、ミニアスパラガスの品質は向上し、当初の目的を達成することができた。
1 産地(農協や各種部会、農業法人などの団体・組織)について
1-1 地域農業のすがた
調査対象のB農協アスパラガス部会は長崎県の雲仙普賢岳を囲む島原半島の3市をエリアとしている。当地域は県内の耕地面積の約4分の1を占めるものの傾斜地が多く、耕地は細分化されている。耕地の約6割が畑地であり、そこでは全国でも有数のばれいしょ生産をはじめ、いちご、トマト、だいこん、にんじん等の野菜を中心に、みかん、ビワ等の果樹類も含め、50品目を超える農産物が栽培されている。(九州農政局(2012)、B農協パンフレット)
1-2 調査対象経営の概要
B農協アスパラガス部会は活動を開始して今年で29年目になる。もともと春ばれいしょの産地であった当地域に新しい品目を導入しようとした際に、生産者の高齢化がすすんでいたため軽量で取り組みやすいアスパラガスが選択された。平成14年頃に部会員数124名まで拡大した後、現在は部会員69名で活動している。当部会の概要を表1にまとめる。
◯ 農地
当部会全体のアスパラガス栽培面積は9.1haである。経営ごとに差異はあるもののばれいしょ、アスパラガス、たまねぎ等複数品目の野菜栽培と小面積で水稲栽培をおこなっている経営が典型的である。事例的にはアスパラガス20a、ばれいしょ2ha、たまねぎ20aに水稲30aの農地で農業が営まれている。
◯ 労働
上記の事例では夫婦2人が専業で従事している。農繁期には臨時雇用を雇い入れる場合もあるが、通常は家族労働による経営を展開している。
◯ 栽培技術
当地域は施設内の周年雨よけ栽培である。かつては全国的にも高収量であったものの近年アスパラガスの収量は低下傾向にある。主な原因としては連作障害であり、古い株のものから順次改植し、収量向上を図っている。
また当部会では生産者全員がエコファーマーの認定を受けており、環境に配慮した農業生産を実施してきた。
◯ 販売先
アスパラガスは農協の共同販売により卸売市場向けに出荷されている。販売チャネルは同地域で生産されたばれいしょ等の品目の取引で培ってきた出荷ルートが活用されており、ほぼ全量が遠方の大消費地(京浜市場)向け出荷となっている。
◯ 経営課題
現在の経営課題を列挙すると次のとおりである。1つは、アスパラガス生産の減少傾向への対応である。2つは、衛生面に関する取り組みの強化である。従来から環境配慮を心掛けてきたが、ここ近年品質の低下による返品が増加している。その原因の追及と対策の推進により農産物安全の一層の向上を図ることである。
このような経営課題を持つB農協アスパラガス部会がGAPを取得した契機、取得時の問題、運用上の課題についてヒアリング結果をもとに以下にまとめる。
◯ GAPの種類および品目
当部会が導入しているGAPは長崎県版GAPである。長崎県版GAPには初心者向けとより高度なものの2種類があり、当部会では現在高度なものに取り組んでいる。取り組んでいる品目はアスパラガスであり、面積は9.1ha、年間出荷量150tである。それらの出荷先はほぼ全量が卸売市場向けであり、毎年安定量の取引がされている。農協の一員としてその他品目が取引される中でのアスパラガス取引であることから、GAPの導入と販路先とは関係がない。
2 GAP導入に至るまでの経過
2-1 GAP導入の準備期間
当部会がGAPを導入した時期は平成20年4月である。農産物の安全性対策の強化に取り組むべく交付金を活用した事業においてGAPを導入するとともに、出荷したミニアスパラガスの「痛み」の原因調査への取り組みを開始した。農協の営農指導担当が中心となり事業開始までの約3ヶ月で部会内での合意形成を図った。この間に、各地域のアスパラガス担当の営農指導員3名で事務局体制を築き、部会の各種研修のたびにGAPとは何かということから部会員への説明をおこない、GAP導入の必要性について意識を高めてきた。
2-2 GAP導入の契機
ここで当部会が県版GAPを導入するに至った経過をみてみる。GAP導入の判断には複数の要因が影響していたと考えられ、ここではそれらの要因を次の4つに整理した(表2)。
まず、経営外部の要因としてGAPそのものの開発、普及の開始があげられる。長崎県では環境保全と農産物安全性の向上を目的に県版GAPの推進に取り組んでいた。こうした流れのなかで、平成19年、事業実施とは別に県の振興局(普及センター)職員が農協営農指導担当者にGAPについての情報を積極的に提供しGAPの普及に努めていた。そして県の普及担当者からGAPの情報提供があって初めて農協担当者はGAPの存在を知ることになった。
農協担当者がGAPを紹介された頃、当部会では夏場のミニアスパラガスの品質低下が問題となっていた。痛みの発生によるクレーム数、返品が増加していたことから、その原因究明と生産管理上の対策の確立が急務であった。
こうした時期に国の食の安全・安心確保交付金事業を活用することが可能であったことから、収穫後の痛みが少ない栽培・収穫方法や収穫後の保存の方法の検討、集荷後に利用する施設の温度とその管理機器の精度の調査、輸送時の問題の有無等、多角的にアスパラガスの痛みの原因とその対策を検討することとした。
また農協営農指導部では、農産物の安全性に対する生産者の意識の維持・向上は常日頃から心掛けていたところであり、上記事業の取り組みのなかで県版GAPを活用することがより生産者の意識向上に寄与するものであると考え、部会内でGAP実践の研修を実施することとした。
こうして生産者が抱える経営課題に対する農協営農指導、普及、行政の支援のもと、当部会で県版GAPを導入することとなった。
3 GAP導入の目的・効果および費用
3-1 GAP導入の目的とその効果
当部会が県版GAPを取得した目的と取得後に認められた効果をまとめたものが表3である。全体的にみると導入目的に対する効果が認められたと評価することができる。このうち顕著な効果が認められたものは次の項目である。
●食品の安全性の向上:出荷後のアスパラガスの痛みが大幅に減少したことから顕著な効果であると評価した。痛みが減少した理由として、痛みと気象条件との関係を調査したこと、痛みが発生していない部会員の栽培・収穫方法を検討し部会内で共有したこと、生産物の流通段階の品質を追跡調査したこと、その結果として予冷等収穫後の温度管理を徹底するようにしたこと等があげられる。こうした取り組みはGAPチェックシートの項目として具体的に明示されてはいない。しかしGAPを導入し生産者に品質管理の徹底を意識してもらう取り組みの過程で、農協とくに営農指導部の意識も高まり、部会員への指導や集荷後の保管方法の改善等農協全体としての生産工程管理の改善を促したと考えられる。
●食品事故・クレームの減少:GAP導入前は年間50件ほどあったものが、導入後はほとんど皆無となった。GAPの導入効果ともいえるが、交付金による資金面での支援があったことから、生産物の痛みの原因を徹底的に調査し、対策を講じることができたことが大きく寄与している。GAPの意義は、こうした対策を継続的に実践することを促すことにあると考えられる。
●生産者の意識の向上:GAP導入以前から営農指導の一環で実施してきた事であるが、GAP導入後は農産物の品質に対する部会員間での対話が活発になったことが認められた。
3-2 GAP導入にかかる費用
次に、GAP導入にかかる費用について、初期導入時とそれ以後の運用時に分けてみてみる(表4)。かかった費用は導入時、運用時ともに「圃場や周辺環境の整備」「作業マニュアル、帳票等の整備」費用であった。GAPを実践するうえで、これまで個人任せであった廃棄物の処理について、部会としてゴミ袋を配布したり、廃ビニールの処理に取り組んだことが新たな費用となっている。また部会員の全員が取り組める内容にするなどの工夫をこらした点が帳票整備の費用となった。
3-3 GAP導入の費用対効果
GAP導入の費用対効果に対する満足度は「やや満足」であった。その理由としてGAPの導入にはとくに初期導入時に部会員への研修や現地での指導等に大きな費用(手間)がかかったものの、生産物品質の向上、ひいてはクレームの減少、さらには生産者意識の向上といった顕著な効果が認められたことがあげられる。また初期導入時には、交付金による資金面での支援があったことも「やや満足」の評価となったことに影響している。
4 GAP導入の具体的な成果
4-1 生産原価への影響
次にGAP導入の成果のうち数量的に把握できる項目について検討する。まず生産原価をみると、交信撹乱剤の使用による減農薬が実現したことにより、農薬で1割削減効果が認められた。交信撹乱剤の効果は、事業の交付金で試験を実施し、その効果を確認できたことから生産者に普及することが可能となっている。なお、交信撹乱剤は労力の軽減にも繋がっている。
また肥料は、GAPの取組みで土壌分析による適正施肥を実施しており、そこでの平均的な施肥量が県の施肥基準より約2割少ない量となっている 。
4-2 販売への影響
次にGAP導入の出荷先数への影響を見ると、導入前後で卸売市場、外食産業ともに変化がない。
売上を見ると、悪天候による収量の減少により導入前の年間約2億円から導入後は約15%減少しているが、GAPとの因果関係は認められない。
一方、品質の向上を見ると、導入後に「不良品(痛み)が減少し全体的に品質が向上した」、「規格外品の割合が下がった」との回答であった。しかしながらこうした品質の向上が単価の上昇には反映されず、導入前後で変化はない。
4-3 労働時間への影響
生産者当たりについて見ると、記帳に要する時間が年間3時間から5時間へと増加している。これは従来の栽培管理台帳への記帳に加えGAPのチェックに要する時間が増加したためである。
事務局について見ると、書類整備に関わる労働時間が導入前後で約2倍になっている(年間50時間 → 100時間)。また点検項目の配布・回収は研修の機会を活用していることから微増にとどまっている(年間1時間の増加)。さらに、産地指導についても従来の事務局業務の中で実施していることから、追加労働時間の発生はない。
5 GAP導入・運用の課題・問題点
5-1 GAP導入・運用の課題・問題点
GAPを導入・運用するにあたっての課題・問題点について導入前後に分けて示す(表5)。当部会では導入前後の両方において顕著な課題・問題点は認められない。導入したGAPが比較的容易に取り組むことが可能な県版GAPであったことや、導入時に県職員からの十分な支援があったことが影響しているといえる。
5-2 GAP導入・運用のポイント
最後に、GAP導入・運用にあたっての重要なポイントを表6にまとめた。特に重要な点として生産者への教育・訓練があげられている。部会員数が多いこと、とりわけ高齢者も多数であることからGAP導入に際して、GAPとは何かからその目的、意義について丁寧に時間をかけて説明する必要があった。またこうした説明をGAPだけのために実施することは困難であり、日々の営農指導や研修の機会に、GAPの話題を提供するなど根気よく取組むことが必要であったといえる。
特記事項・考察
当部会でのアスパラガス生産では、ミニアスパラガスの収穫後の品質について、痛みが増加しクレームが発生するという課題への対策が不可欠であった。そこで交付金事業を活用し、品質劣化の原因を解明するとともに、県版GAPを導入し生産工程の継続的チェック体制を構築した。その結果、ミニアスパラガスの品質は向上し、当初の目的を達成することができたと評価することができる。
こうした取り組みが成功した要因として、情報提供や研修会の開催等による県の支援や交付金による事業への資金的支援があげられる。しかし今後も取り組みを継続するためには、当部会が市場への共販を主としていることや、高齢の部会員も多数いること等、当部会を取りまく状況に配慮して活動する必要がある。
当部会では、GAPへの取り組みは部会活動の一環であることから、GAP内容の高度化や見直しに際しては部会員全員が継続して取り組むことができるGAPであるかどうかが課題となろう。この観点からはGAPの内容が高度化することは必ずしも望ましいこととはいえない。まずはGAPが確実に実践されるようにチェック項目を農作業と関連付けること、そのために部会の栽培体系や地域性をふまえた内容にする、つまり県版GAPの項目そのままでチェックするのではなく、部会用に項目を修正することが求められる。その場合、部会独自に項目の修正することは困難であると思われ、県の普及指導機関による支援が必要であると考えられる。
こうした部会独自のGAPが作成できればGAPの指導を従来の営農指導活動(アスパラガス栽培指導)の一環として位置付けることが容易となり営農指導担当者の負担も減少すると考えられる。また生産者向けには必要最小限のチェック項目に留め、営農指導員向けにより高度なGAPを作成することも一案である。この高度なGAPの内容を営農指導に活用し、部会員が取り組めることが確認できたものから項目を追加することもできる。当該地域用に修正された高度なGAPはマニュアルとしても活用できるため営農指導活動の標準化を促す可能性がある。とりわけ当部会のように広域で複数の者が指導しているような場合には有用であると思われる。しかしながら、このような取り組みを実現するためには関連機関による支援が必要であるといえる。
参考文献
[1] B農協パンフレット「B農協特産品百科」.
[2] 九州農政局長崎地域センター(編)「第58次長崎農林水産統計年報 平成22年〜23年」,2012年.
[3] 長崎県農林部農業経営課「長崎県版GAP」
http://www.n-nourin.jp/~nougyoukeiei/hitotokankyou/nagasaki_version.html
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