GAPの導入効果等に関する現地調査報告
 概要
 ●調査時期: 2012年8月
 ●調査場所: 新潟県 法人事務所
 ●調査対象: A農業法人 代表者
A法人は、品質管理など販売目的の理由だけでなく、労務管理等様々な経営課題の解決のためにGAPを導入・実践している。経営者の強い意識のもと、従業員への意識も十分に浸透しており、目的に見合った効果の実現が認められている。特に、事故・クレームが大幅に減少し、その他のリスク管理対策を促すなど、品質管理に対する意識を高めることに繋がっている。
1 産地(農協や各種部会、農業法人などの団体・組織)について
1-1 地域農業のすがた
調査対象となったA法人が位置する新潟県中越地域では、水稲作を中心に農業が営まれており、地域全体で水稲作付け面積約25,000ha、収穫量約13万tにのぼる有数の米生産地域である。
地域内の農業経営体数は2005年から2010年にかけて約25%減少し、現在は約1万4千の経営体が存在している。そのうち約24%が消費者への直接販売に取り組んでいることが特徴的である。(北陸農政局 2012)
1-2 調査対象経営の概要
この地域で活動しているA法人は、独自の販路を持つ大規模水稲作経営である。その概要を表1にまとめる。
◯ 農地
A法人は、米の生産と販売をメインに経営を展開しており、年間売上総額1億円を超える地域でトップクラスの経営規模をほこっている。経営耕地面積は、2000年以前から既に18haほど存在し、現在は27haまで拡大が図られている。その農地のほとんどは水稲の作付けをおこなっている。
◯ 労働
労働力については、2000年以前から家族労働力(夫婦2人が専従、それ以外に非専従従事者有り) と、常時雇用労働力を雇い入れている。近年は、家族専従者2人、家族非専従者2人、常時雇用5人、臨時雇用1人となっており、雇用型経営を展開している。
◯ 栽培技術
農産物の生産については環境への配慮を心掛けており、エコファーマーの認定、有機JAS認定に以前から取り組んできた。現在、生産する米は全て有機JAS米、または特別栽培米である。収量水準は約500kg/10aであり地域平均とほぼ同水準である。
◯ 販売先
A法人は、地域的特色でもあった消費者への直接販売に以前から力を入れてきた。2000年以前から消費者への出荷割合が半分ほどに逹しており、現在も引き続き大きな割合を占めている。
◯ 経営課題
現在の経営課題を列挙すると次のとおりである。1つは、消費者の米に対する低価格ニーズにどのように応えるかである。2つは、雇用した人材をどのように育成するかである。近年、会社への採用は若年層からおこなってきたことから栽培技術習得にマニュアルを作成・利用することが効果的ではないかと考えている。3つは、雇用者が多くなったことから労務管理の必要性が生じていることである。
このような経営課題を持つA法人がGAPを取得した契機、取得時の問題、運用上の課題についてヒアリング結果をもとに以下にまとめる。
◯ GAPの種類および品目
A法人が取得しているGAPは日本GAP協会が公表しているJGAPである。取り組んでいる品目は米であり、作付面積27ha、年間出荷量135t(精米販売を含む)である。それらの出荷先は、小売業者40%、消費者への直接販売60%である。しかし、近年消費者への出荷割合が減少傾向にあり、利益率への悪影響が懸念されている。その背景には、消費者の低価格志向があると思われ、このことへの対応が経営課題の一つとなっている。
2 GAP導入に至るまでの経過
2-1 GAP導入の準備期間
A法人がJGAPを取得した時期は平成20年4月である。経営者が同年1月に取得することを意思決定してから認証を受けるまでの期間はわずか3ヶ月余りであった。この間に、自社の従業員に対してGAPの必要性を説明し、組織内体制整備を行なった。GAP導入の責任者は経営者自身がなり、社内での説明会を2回開催した。社内説明では、農薬使用の適正化、農薬使用者の安全性の確保、圃場を周密に管理することの意義、社内でのコンプライアンスの確立の必要性等を訴え、社員のGAPに対する理解の促進に務めた。また、こうした取り組みに対し外部からの協力も受けている。主な支援は日本農業法人協会からであり、同協会のGAP導入支援の専属職員との間で密に情報交換をおこなってきた。
2-2 GAP導入の契機
ここでA法人の経営者がJGAPという新たな経営管理上のツール(経営技術)を導入するに至った経過をみてみる。JGAP導入の経営判断には複数の要因が影響していたと考えられ、ここではそれらの要因を次の4つに整理した(表2)。
まず、経営外部の要因としてJGAPそのものの開発、普及の開始があげられる。経営者はJGAPの存在については以前から経営者仲間のネットワークを通じて認知していた。しかし、それだけでは導入の決め手とはならなかった。また、市場ニーズへの対応として品質管理の強化が経営課題となっていた。具体的には、異物混入の防止や虫の発生予防等への対策である。
一方、雇用労働を増やしてきたことから組織上の新たな経営課題が発生していた。それは、従業員の教育、技術習得をどのように効果的に実施するかということであり、これに対する解決策のひとつがマニュアルの作成であった。また同じく雇用増加にともない労務管理が必要となり、経営の仕組み(マネジメント・システム)自体を再構築する必要性が生じてきた。
さらに、もともと経営者自身に「他人が取り組んでいないことにチャレンジしたい」という気持ちが強かったことに加え、ビジネスパートナーから品質に関する国際標準規格取得について話があり、これが実現すれば「日本初」の試みとなることを知ったことである。結局、この規格取得は費用便益の観点等から実現しなかったものの、その後の経営マネジメント・システムに関する情報収集の結果、JGAPの取得に取り組むこととなった。
こうした複数の要因が積み重なり、あるいは同時期に発生したことによって経営者のGAP導入の意識を醸成し、意思決定につながった側面があるといえよう。
3 GAP導入の目的・効果および費用
3-1 GAP導入の目的とその効果
A法人がGAPを取得した目的と取得後に認められた効果をまとめたものが表3である。全体的にみると導入目的に対する効果が認められたと評価することができる。効果の具体的内容のうち特筆すべきは次の項目である。
●事故・クレームの減少:導入前は年間約10件あったものが、導入後3年で年間約2件に減少した。理由は品質管理の改善により、異物混入、虫の発生を防止することが実現したからである。こうした取り組みは、袋詰め時の重量計量機器や金属探知機器の導入等といったその他のリスク管理対策を促すなど、品質管理に対する意識を高めることにもなった。
●生産者(従業員)の意識の向上:従来は例えば整理整頓等について従業員が「やらされてやっていた」ものの、GAPに取り組んでからは従業員自らが進んで実施するようになった。その効果は初期に期待していたものよりも大きいものであった。
●従業員の福利厚生の充実:従来以上に経営者が従業員の立場で業務のあり方を考えるようになった。
一方、当初期待していたような効果が発揮されていない項目として次の点を指摘することができる。
●消費者に対するアピールの不足:GAPのマークがあるから商品を買ってもらえるわけではなかった。現在、GAPに対する消費者の認知度が低いことから、認知度を向上する政策の実施が望まれる。
3-2 GAP導入にかかる費用
次に、GAP導入にかかる費用について、初期導入時とそれ以後の運用時に分けてみてみる(表4)。このうち特にかかる費用は導入時、運用時ともに「作業マニュアル、帳票等の整備」費用であった。A法人は既に有機JASを取得しているため履歴記帳作業自体は習慣になっていたものの、GAPと有機JASとでは記録内容が異なるためGAPのための記録はそのまま追加費用となっている。
3-3 GAP導入の費用対効果
GAP導入の費用対効果に対する満足度は「やや不満」であった。その理由としてGAPの導入が販売単価の向上につながるわけではなく、主として金額面にもとづく数量的側面から判定するとこうした評価にならざるを得なかったということである。しかしながら金額以外の要素やGAP導入による間接的な効果をも含めてGAPを導入したことを総合的にどう思うかと尋ねたところ、「満足」との評価であった。
4 GAP導入の具体的な成果
4-1 生産原価への影響
次にGAP導入の成果のうち数量的に把握できる項目について検討する。まず生産原価をみると、農薬で3割以上の削減効果があり、肥料では効果が認められない。農薬削減を可能にした理由は次のとおりである。つまり不必要な農薬は使わないという理念をGAPの内容に盛り込んだこと、具体的には殺虫剤を使わない農業生産を目指し、そのための農業生産体系を構築したことである。(カメムシの被害を受けても米の品質を確保するために色彩選別機を導入している。)当経営は有機JASを取得していることから農薬削減のノウハウを有し、可能な限りの農薬削減が実施できていると思われたものの、GAPの導入によりさらに農薬削減が達成されたことは特筆に値しよう。
一方、肥料はGAP導入後の周密な肥培管理による施肥量の削減分と有機質肥料を投入することによる肥料代増加分の収支が帳消しとなり、生産原価の削減は「効果なし」となった。
4-2 販売への影響
まずGAP導入後の出荷先消費者数は、主に消費者の低価格米へのニーズの増大等のGAP以外の要因により1割程度減少していることが確認された。GAP導入と出荷先数との間に因果関係は認められない。また、売上も販売環境の悪化といったGAP以外の要因により1割弱程度減少した。
一方、品質の向上をみると「導入後に上位等級の割合が上がり」、「規格外品の割合が下がった」との回答であった。このこと自体は販売額の増大につながる可能性のある要因であるものの、A法人では平均単価の上昇は実現されなかった。このことからもA法人がGAPを導入した後の近年、稲作の経営環境が厳しい状況にあることが推察される。
4-3 労働時間への影響
記帳や書類整備に関わる労働時間についてみると、導入前後で約2倍の労働時間になっている(記帳:年間50時間/人→100時間/人。書類整備:年間30時間/人→60時間/人)。また新たに書類整備のために事務局1名を配置することとなり、年間30時間程度の追加労働時間が発生している。
5 GAP導入・運用の課題・問題点
5-1 GAP導入・運用の課題・問題点
GAPを導入・運用するにあたっての課題・問題点について導入前後に分けて示す(表5)。特に重要な点として導入後の帳票等の整備に労力がかかることがあげられる。帳票類は経営ごと、栽培作物ごとに入力形式、出力形式が異なることから統一的な形式を提示することが困難である。しかし効果的に情報を収集・整理する方策を可能な限り共有化することや、新たな情報技術の活用により情報収集・整理コストを削減することが望まれる。
5-2 GAP導入・運用のポイント
最後に、GAP導入・運用にあたっての重要なポイントを表6にまとめた。特に重要な点としてトップマネジメントの意識があげられている。経営の理念や経営戦略にもとづき、どのようにGAPを活用していくのか、これを経営者自らが認識することが重要である。その一方で、それを可能とするために関連機関(普及員,営農指導員等)のサポート体制の構築、連携も望まれている。
6 特記事項・考察
近年、A法人では、品質管理、労務管理等新たな経営課題に対処するために経営管理の仕組みをマニュアル化、システム化し、継続的に経営改善が図られる仕組みの構築が不可欠となっていた。そうした時期にJGAPについての知識を迅速に収集できる情報ネットワークを持ち合わせていたことや、マネジメント・システム構築に対する経営者の意識が積み重なってJGAP導入に至ったと考えられる。GAP普及には、GAPが現実の経営課題の解決にどのように有効性を持つのかが経営者に明示される必要がある。支援機関を通じて実際の経営課題に対し具体的かつタイムリーに情報提供されることが望まれる。
また経営者の回答の中にJGAPを導入したことにより経営課題に対する具体的対策や新たな経営課題が見えてきたというものもあった。このようにGAPの導入により自経営をよりよく理解することができればGAP導入に対する経営者の満足度は高まり、GAPの継続的な運用のインセンティブをもたらすと考えられる。
参考文献
[1] 北陸農政局統計部(編)「新潟県農林水産統計年報」,2012年,http://www.maff.go.jp/hokuriku/stat/data/index.html
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